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②柔道整復師で経験したこと〜ジャンキー時代〜

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私は高校で恩師に出逢い、
卒業後、柔道整復師の道へ進みました。

18歳で、埼玉の家を出て、東京の医療系専門学校に入ってからは、高校時代とは打って変わって、よく勉強しました。
夜間の学校だったので、日中は朝から夕方まで整形外科で研修。夕方から21時まで授業。それから週に3回柔道の稽古を23時まで。

学校は新卒よりも社会人上がりの方が多かったのと、
研修先でもやっぱり人に恵まれて、私は初めて『社会』というものを知りました。

18歳から21歳という『子どもから大人』になりかけるタイミングでたくさんの大人に出逢い、私は自分の未来をぼんやりと描き始めまた問いかけました。
『自分はなにものなのか、なにものになるのか』

この頃は、女性柔道整復師として、何かアクションを起こしたいと強く思っていました。
まだ誰も手につけていないこと、でも世の中に必要とされていることなんだろう。
ずっとそのアンテナを張っていました。

当時は接骨院×柔道場が私の大きな夢の1つで、畳の上では柔道だけではなくストレッチやピラティスなど様々な教室をやろうと思っていました。

私は専門学校卒業後、実家に戻り大宮の整形外科に就職しました。

そこで皆さんご存知の通り、運命的な出逢いをしました。笑

私は色々なところで自分の夢を語ってきましたが、
肯定するか否定するかのどちらかの意見しか聞いたことがありませんでした。

しかし彼だけは違いました。
その夢を叶えるために、何をすれば良いか、日々どう在るべきか。
そして、その夢はもっともっと大きな夢にできる。ということを教えてくれました。

接骨院に運動スペースをつくる。
そしてプラスα必ず栄養が必要になる。
そんな場所ができたらたくさんの方を喜ばせることができる。

まだ付き合ってもいない頃、
こんな話をして10年後、ラディエンスソースとして実現されたわけです。

完全なのろけですが、このひとと一緒にいたらきっと面白い世界を見ることができると思いました。
これもまた直感ですね。

私は、その夢を拡大するために、次は栄養専門学校に通い始めました。

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