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①つづき

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「自分はなにものなのか」と言う問いとともに、
「自分はなにものになるのか」と言う問いが高校3年生、進路を考えるタイミングでまたやってきた時、
私は直感で柔道部に入りました。

高校3年生で柔道に目覚めた私は、ここで人生を変える大きなが出逢いと出来事がありました。

それまでの高校1、2年生は、道を外して学生生活を楽しんでいたため、それを共有できる友達と一緒に過ごしてきました。
髪を染めて、タ○コを吸い始めて、学校をサボり、カラオケで時間を潰しetc...
でもある日その日常が急に楽しめなくなった。

ピアスを外して、髪を黒くして、スカートを長くして、柔道場の門を開く。そして今までとは違う学生生活を過ごす。
そのタイミングで毎日カラオケ通いしていた友達が私から離れていきました。
当時お付き合いしていた彼氏も「柔道を始めることに猛反対」され別れることになりました。
最初は、「なんで応援してくれないの?」「友達じゃなかったの?」「私の好きなようにさせてよ」と悶々としました。

しかし今までの環境を断ち切った瞬間にものすごい明るい日差しが差し込んできた瞬間がありました。
今思うと、それまでは、無理をして、嫌われないように毎日を過ごしていたのだと思います。

周りを気にせず、自分らしく生きようと思った時、私はすごく楽になり楽しくなったんだと思います。
そして、高校時代の柔道部の恩師が私の人生を180度変えてくれたのです。

それから真面目に稽古を重ね、高校だけではなく講道館(東京)に通い、お陰様で初段(黒帯)を取得して高校を卒業しました。
先生が1年弱の間に教えてくれたのは、柔道だけではなかったです。ここに書ききれない色々な道や世界を見せてくれました。
学生時代に「たった1人の尊敬する先生」に出逢えた私は、本当に幸運だったと思います。

母は当時の私にこう言いました。
「あなたはいつも人に恵まれている」
私はその頃から母の言葉通り、人に恵まれる人生を過ごしてきました。

私も子を持ち母になりました。
子どもはかけられた言葉で心と自分をつくります。

「お姉ちゃんだから我慢しなさい」
「お兄ちゃんだからしっかりしなさい」
その一言が様々な場面で、我慢しなきゃ、しっかりしなきゃと言う思考を作り出すのです。

「あなたはどうしたいのか」
「あなたはどう思うのか」
いつも母は私に主体性を持たせてくれたなといまは深く感謝しています。

そして、高校生の私は、稽古中の肩鎖関節脱臼をきっかけに接骨院の先生「柔道整復師」の道に行くことになりました。

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